〈補綴〉こぼれ話。 ~補綴って何やってるの?~

 

「補綴」。
 聞きなれない言葉ですよね。「ほてつ」または「ほてい」と読みます。
〈補って綴る〉という読んで字の如く、テキストをカットしたり、書き換えたりすることでして、主にお芝居の世界では台本の作成作業(それも既存戯曲の再編集作業)を意味します。
 木ノ下歌舞伎では、毎回、公演ごとにこの〈補綴作業〉を行います。
 私たちの〈新解釈〉が最も上手く反映された台本になるように、演出家に合った台本になるように再編集したり、また、上演時間や役者の人数に合わせてカットしたりと、結構骨の折れる作業です。

 

 

 さて、我われ木ノ下歌舞伎は今、『黒塚』再演ツアーも終わり、次回作『三人吉三』再演の稽古がもうすぐ始まろうかという、ちょうど〈合間〉の時期なのですが、相変わらずバタバタしております。
 次回作、次々回作の準備に追われていて、なかなか慌ただしく、そして、補綴作業も超佳境!なのであります。
『三人吉三』の初演の反省点を振り返り、再演に向けて必要な箇所を再補綴する作業もつい先日終えました。今は、目下、次々回作『心中天の網島』(糸井幸之介演出)の台本補綴に明け暮れております。木ノ下歌舞伎補綴チームはフル稼働でござんす。
 ちなみに〈補綴チーム〉といっても、私(木ノ下)と、木ノ下歌舞伎メンバーであり、補綴助手を勤めてくれている稲垣貴俊くんの二人だけです。
 稲垣助手は、京都でドラマトゥルクという肩書で活動する若手演劇人(たしか今年で26歳になるんじゃないかしら)。木ノ下歌舞伎以外でも新進気鋭の劇団(「劇団しようよ」)に所属してます。
 (この稲垣くんが、頼れる助手として実にいい仕事をしてくれます。〈助手〉というより、もはや〈パートナー〉です)

 今回は、そんな「補綴」という仕事について、ちょっと紹介。こぼれ話をご披露しましょうかしらね。

―――

 まず、補綴作業は資料収集から始まります。これはだいたいいつも、公演の一年以上前から開始します。
 演目にまつわる資料という資料をとにかく出来るだけ多くかき集める。と言っても、演目によっては数え切れないくらい膨大な資料が出回っているものもあって、とても物理的に全て集めきれません。だから、あらかじめ資料リストを作成し、「これは!」というメボシイものをピックアップしておきます。京都、大阪の図書館を梯子したり、郷土史料の類は遠方の図書館に問い合わせたりもします。あと古書店めぐりも欠かせません。
 ちなみに、過去の上演台本の類は、一般の図書館には置いていませんので、早稲田の演劇博物館、松竹の大谷図書館などにお世話になることが多いです。
 あと、マニアックな資料になりますと、神田の神保町の古書街にもよくお世話になっております(おかげで何軒かのご店主によくしていただいておりまして、「何かのお役に立つかと思いまして…」と何も言わなくても、すでに次回作の資料を集めてくれていたりしてして、有り難い限りです!有り難くないのは財布のほうでして…「いい資料」は得てしてお値段のほうも「いい」のでして…しかしそこは自己投資ということで、出来るだけ手に入れるようにしておりますです、ハイ…)。

 さて、そうやって集めた資料、だいたいいつも、専門書が30~50冊、それとは別に図書館などで複写した紙資料が厚さ10センチぐらいのファイルで3冊ほどになります。
 あとはひたすら、片っぱしから読み込んでいきます。稲垣助手と回し読みしながら、「この資料は第一級!」、「これは参考になる」、「この評論はとんでもない」などワイワイいいながら資料整理しつつ、内容を頭に入れてきます。
 これが出来ますと、おおよその基礎的な知識を手に入れることができます。また、その演目がどのような変遷を遂げながら現代に伝わってきたのかがおぼろげながらわかるようにもなります。言い換えれば、演目の〈受容史〉を把握しながら、補綴に必要な下地を作る作業ですね。

 それが終われば、いよいよ実際ペンを持ち補綴作業に…と思いきや、さにあらず。
 その前に、今回の補綴方針を固めます。特に『東海道四谷怪談』や『三人吉三』などの長いお芝居になりますと、まずは全体を把握しておかないと、いざ筆を持ってもすぐに〈迷子〉になってしまうのですね。
 演目によって多少異なりますが、最近は大判の原稿用紙一面に、「ハコ書き」と呼ばれる全体の構成表を作成することが多いですね。

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 幕や場面の順番や、一幕ごとの分量の計算、幕ごとに強調したいテーマ、補綴時に大切にしたい事柄をメモしていきます。いわば、全体の〈設計図〉ですね。この設計図だけが、そのあとの作業の〈杖〉になってくれます。迷ったら「設計図に戻る」が合言葉でして、これまで何度救われてことか。
 登場人物が多い演目の場合は、これとは別に、主な人物たちの年表も作ります。時系列を整理しておくとあとの作業がうんと楽になります。

 さて、これらの設計図を基に、実際に筆を入れていきます。
 (その前に実はもう一つ〈底本定め〉という作業があります。歌舞伎の台本はいくつものバリエーション=異本が現存します。それは時代や地域(江戸・上方)や役者の家によって上演台本が異なるためなのですが、それらを全て読み込んだ上で、今回私たちが〈底本〉にするべき本を選抜する作業が〈底本定め〉です。)
 底本に筆を入れていく作業、ここまでくれば補綴の約半分は終わったといっていいかもしれません。しかし、残りの半分が実は大変なのでして…。
 稲垣助手とは三日に一度は顔を合わせ、ああでもないこうでもないと云いながら、血眼になって作業をすすめます。
 以前は、連日、喫茶店に籠って作業しておりました(ちなみに、今は、制作さんの自宅兼事務所がありますので、有り難い限りです)。どうしても長時間居座ってしまうことになるので、なるべく営業妨害にならないように、珈琲を何度も追加注文したり、時分どきにはランチを注文したり、連続して同じ店には行かないようにしたりと、それはそれで、なかなか気骨が折れましたなぁ。
でも、補綴に熱をおびてまいりますと、私と稲垣助手の二人とも、お互い必死ですから、周りが見えません。
 例えば、ある平日の朝っぱらから喫茶店の一角で『三人吉三』の補綴をしていた時など、
気がつけば、となりのお客さんが怪訝な顔を我々二人を見つめておりました。
そりゃそうでしょうね、
若者二人が「因果応報」とか「過去の浄化」とか「畜生道」とか喚きながら、本を読んだり書きものをしたりしているのですから、さぞ、怪しげな宗教に血道を上げているものと勘違いなさったのでしょう。そういえば、手元に置かれていた底本(深緑色のハードカバーの「新潮日本古典集成」)は、遠目に見れば、「バイブル」的な本に見えなくもない。いや、まぎれもなく、ある意味、私たちの「バイブル」であることには違いないのですが(笑)。

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 一言に、「底本に筆を入れる」といっても、いくつかの方法があります。
 ついでに、ちょっとご紹介しておきましょう。

 たとえば、稲垣助手と二人で底本をゆっくり声に出しながら一言一句精査していく「朗誦方式」―。
語句の一つひとつ、「てにをは」の一字一字を吟味しながら、細かい修正を加えていきます。大きな変更ではありませんが、耳で聞いて、より伝わる台詞にしていくためには欠かせない作業です。ゆっくり読んでいくのでなかなか進みません…別名「牛歩方式」とも呼んでます。

 原作に朱を入れてながら、ばさばさ切ってつなげていく「手術方式」―。上演時間に収まる台本に作り直すことも、補綴の大切な仕事。『三人吉三』では底本(原作)の約半分の分量にしました。それでいて、「ダイジェスト」的な台本になってしまってはいけませんので、原作の〈味〉を損なわないように、どの枝葉を刈り取っていくのか、取捨選択が重要になってきます。

 一番手間がかかるのは、「黒澤映画方式」―。同じ箇所を、稲垣と木ノ下それぞれ別に補綴稿を書き、出来た2パターンを各々がプレゼンし、議論し、すり合わせながら、両者折衷の決定稿を作る作業です。ネーミングは、黒澤明監督がこの方法で映画台本を執筆していたことにちなみます。

 他にも、一部分だけを丸っきり書き換え、原作本に書き込んでいく「貼っ付け方式」―。一部分を異本(底本以外の台本)から引っ張ってくる「引用方式」などがあります。
 どのぐらい、原作をいじりたいか(いじる必要があるのか)、何を大切に補綴するかによって、これら複数の方法を使い分けてます。

 ちなみに、我々の愛用のペンはフリクション(紺、黒、赤、青、緑)の五本。原稿用紙は浅草・満寿屋の障子マスの四百詰め(品番K4)を使用。紙付箋は四色を使い分けてます。
 ペンの色の使い分けは、紺(木ノ下)、黒(稲垣)を常使いにしています(色を分けることで、どちらが書いたものかが一目でわかりやすくなって便利)。あとの色は二人とも共通で、最も重要な書き込みやメモは、赤。その次に重要なものは、青。緑は「余談」程度の、遊び的メモを書く時に使います。
 などなど、補綴マメ知識でした。

 筆を入れていく作業が終われば、最終校正。誤字がないか、本当にこの補綴でよいのかを何度も確認し、やっと製本に回します。

 ちなみに、補綴台本は、全て古語(歌舞伎の言葉)で書かれてあります。全体の体裁もト書きも全て歌舞伎台本のスタイルを踏襲。〈そのまま歌舞伎でも上演できる台本〉を目指して作成します。
 これを演出家に手渡して補綴終了。
 と、思いきや…、
 実は「現場補綴」という仕事が残されているのですね。これは、実際稽古場で、現代語訳したり、上手くいかない箇所をその場で咄嗟に書き換えたりする作業のこと。
 特に「現代語訳」に関しては、演出家自ら筆をとったり、役者さんにお願いしたりもします。そうやって稽古を重ねながら、いよいよ、私たちの「上演台本」が出来上がっていきます。
 「底本(原作)」→「補綴台本」→「上演台本」という流れに、一年かけて取り組んでいきます。
 台本の作業ひとつとっても、非常に手間がかかるのですが、やはり、膨大な歴史を保有した〈古典演目〉を扱う場合、これくらいの手間はむしろ当然なのかもしれませんね。いや、足りないくらいかもしれません。
 いくらやっても「これで充分!」ということがなく、毎回、時間のリミットに追われながら、半狂乱になりながら作業しておりますので、校了時には、「あれもやればよかった」「もっと緻密にやればよかった」と悔いが残ります。

―――
 さて、今回は、〈補綴〉についてのご紹介でした。
 (こういう事を書く機会もなかなかありませんので、このブログで書いてみた次第です。)

しかし、こんな重箱の隅をつついたような話、読んでいて誰が楽しんでくださるのか、甚だ不安…。

長文失礼~!

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