【勧進帳】演出家|杉原邦生×主宰|木ノ下裕一 対談[前編]

創立10周年を記念して2年間にわたり開催中の「木ノ下“大”歌舞伎」。その第2弾は、2010年に初演された『勧進帳』だ。
“関所=境界線”をテーマに、大きな停止線が引かれた道路の上で、外国人キャストが演じる弁慶や女性キャストによる源義経たちが、境界を巡って蠢き出す。初演時に評判を呼んだ本作が、再演ではいかに進化するのか?
“大”歌舞伎をもって木ノ下歌舞伎を“卒業”する杉原邦生と、主宰の木ノ下裕一が、新生『勧進帳』について、そして木ノ下歌舞伎10年の歩みについて、たっぷりと語る。

聞き手:熊井玲(ステージナタリー)
2016年6月27日 急な坂スタジオにて収録

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《前編》新生「勧進帳」での挑戦

初演の何が悪いって……全部!

——まずは6年前の初演のことを伺いたいのですが……でも“たった6年前”という気もしますね。

杉原 そうそう、もっと昔な気がしますよね。

——木ノ下さんは、作品と演出家の組み合わせを毎回慎重に考えられますが、なぜ杉原さんに『勧進帳』を?

木ノ下 邦生さんはね、自分から提案があるんですよ、「この演目どうですか」って突然メールが来るんです。『勧進帳』も邦生さんから。でもガチガチの歌舞伎作品だからどう現代化すればいいかすぐには思いつかなくて、若干“ないな”と思いながら「持ち帰ります」って。

杉原 あははは!

木ノ下 でもいろいろ調べたり考えたりしてるうちに、いけるかなと思い始めたんです。メジャーな演目だし、ちょうど関東に打って出ようという時だったから、『勧進帳』くらい破壊力のある演目はいいんじゃないかと。

杉原 初演のアフタートークでも何度か話題にしたけど、当時よく歌舞伎座の3階席で観劇してて。ふと客席を見ると、『勧進帳』は開演後5分くらいで、もう寝てるお客さんが多かった。でも見せ場だけ起きて拍手して、「やっぱり『勧進帳』はいいねえ」って言いながら帰っていくんですよね。それがおかしくて。で、僕もやってみたいと思ったんだと思う。

木ノ下 それと、それまでに『yotsuya-kaidan』で世話物を、『テラコヤ』で時代物を、『三番叟』で舞踊をやって、“歌舞伎の三大要素”を一応全部やっていたんです。『勧進帳』は、その3つの要素が全部入ってる演目なので、後付けですけど、4作品目としていいなと思いました。で、再演にあたって、久々に初演の映像を観たら……。

杉原 愕然としました。

木ノ下 (笑)面白かった、んですよ当時は。その記憶があるから、再演では特に直さなくていいんじゃないかと思ってたんです。でも映像を見返したら……。

杉原 何がダメってね、全部(笑)! 我ながら考えが浅はかなんですよ。例えば、セリフが歌舞伎の完コピから現代語や英語になるシーンひとつ取っても、もちろん理由があるにはあるんだけど、でもその理由が1個だけなの。今は1個の理由だけだと動けなくて、“こう見られたらどうする? ああ見られたらどうする?”って、何方向からも考えた上でイケるって思えないと決めれないんです。でも若さゆえの勢いっていうか、“猪突猛進してるな”って感じで、もうちょっと落ち着いて考えろよと自分で自分に思ってしまった(笑)。

木ノ下 ただ、当時はあれがベストやったし、『勧進帳』の初演って木ノ下歌舞伎にとってすごく大きかったと思うんです。というのも、この時初めて完コピをやったし、初めて現代口語を作品に入れ込んだんですよね。今の木ノ下歌舞伎の特徴というか、お客さんが思う木ノ下歌舞伎の原型はすべて『勧進帳』の初演で生まれた。その光を見つけた時の達成感とか……。

杉原 興奮とかね!

木ノ下 うん、それは本当に大きいんですよ。ただそこから6年経って、邦生さん自身も変わりましたよね。隣にいて感じるのは、人間の掘り下げ方が格段に深くなったこと。邦生さんの人間を見る解像度がすごく高くなってきて。だからこその“再演”ですよね。

 最先端を見せたい

杉原 僕は、この「木ノ下“大”歌舞伎」で木ノ下歌舞伎を卒業するんですけど、それにあたって、最後に失敗を恐れず大いなる実験をしよう、これがキノカブの最先端で僕の最先端だって言えるようなことをやろうと思っていて。自分が木ノ下歌舞伎で10年間やってきたことを総括して、かつ新たな実験をしてみたいなと思うんです。それと、これ今まで話したことなかったけど、木ノ下歌舞伎が掲げている“歌舞伎を現代劇として上演する”って言い方に、実は少なからず引っ掛かりがあるんです。全然そうだと思ってるし、そのつもりでずっとやってきたけど、“現代劇として上演する”やり方に、これまでと違うもう一個の別のアプローチをしておきたいというか。で、何をやっているかというと……今まで完コピして一度芝居を作ってから、分かりにくいところやもうちょっとダイレクトに役の感情がお客さんに伝わったほうがいいなと思うところを演出的に現代語に変換したり、セリフを加えたりしてたんですけど、それをやめて。今回、僕が全編現代語で『勧進帳』の上演台本を書いてるんですよ。

——えっ! でも完コピの稽古もしていましたよね?

杉原 しました。一度完コピして、でもいつものように歌舞伎言葉に現代語を混ぜていくのではなく、初めっから全編現代語で稽古しているんです。うまくいくかわからないけど、でもそうやって全編現代語にしても歌舞伎に観えたり、『勧進帳』に観えたら面白いなって。

——それは大胆なアプローチですね。そうなると、木ノ下さんの作業も変わってくるのでは?

木ノ下 そうですね。『勧進帳』って、歌舞伎好きはほぼすべてセリフを覚えてる演目なんですよ。だから変に大きく変えると違和感しかない。しかも全体が長唄でできているから音数や母音が合わないだけですごい違和感があるんです。だから補綴(解釈に合わせて古語の台本を編集する作業)は大変でした。セリフ一つにしても、例えば5つくらいの時代が違う『勧進帳』を集めて、その中から邦生さんに合った解釈に少しでも近づくように、言葉を選んでいくんです。そうやって一つひとつ考えたところで、せいぜい1ページに3つくらいですかね、変更できたのは。その補綴台本すらも、邦生作の口語台本の下敷きでしかないから、それがものすごく癪で(笑)! で、今回初めて補綴ノートっていうのを作ったんですよ。『勧進帳』って登場人物の心情とかが台本には書き込まれていないから、何通りも解釈があるんですけど、それを「ここには何通りの解釈があります」「そこはこういう背景です」「今回はこう解釈したいので、あえてここを変えてます」って全部ノートにまとめたんです。

杉原 3回くらい読みました。とてもよくできてたんですよ、そのノートが。でもこれを片手に演出したら、演出家として何も考えなくなる、バカになると思って今は…(ノートを閉じる仕草)。

木ノ下 あははは!嬉しいなぁ。

——でもそうできるのは、お二人の信頼関係あってこそ、ですね。

杉原 そうですね、必要があればきっと稽古場で何か言ってくれるとわかってますから。

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 境界線を内包したキャスティング

——初演は“関=境界”というテーマが掲げられましたが、今回もそれを踏襲するのでしょうか。

杉原 テーマは踏襲します。ただ初演では、道路を模した舞台に物理的な境界線を引きましたけど、再演の稽古でそれをやってみたらイメージが全然広がらなくて。所詮物理的な境界線って越えられちゃうなとか、踏めばいいじゃんと思ってしまった。なので今回、舞台に境界線を引くことをやめ、舞台そのものを境界線と考えて、その上で心理的な境界線に翻弄される人々の姿を見せたいと思っています。それなら境界線という大きなテーマを、より深く提示できるんじゃないかと思って。

——美術が大きく変化するのですね。さらに今回、キャストも一新されました。

杉原 弁慶をどうするか、というのが最大の問題で。初演で弁慶をやってくださった方はアメリカに帰ってしまったので、誰がいいか、いろいろ探してたんです。と、ある日朝ドラの「マッサン」を見ていたら、英語教師の役でリー5世さんが出ていて「いた!」と(笑)。また義経役は、高山のえみちゃんというニューハーフの方にお願いしました。境界線の話だから、その人自身の中にも境界線を内包しているような俳優が出てくれるとイメージが広がっていいんじゃないかと思って。リーさんはアメリカ人だけど日本に18年住んでて国境を内包しているし、のえみちゃんはジェンダーの境界を内包している。そういう、自分の中の境界線で揺れている人たちが、さらに他者との境界線や、社会との境界線や、いろんな境界線の間で揺れ動く姿が見えると、『勧進帳』の見え方がちょっと変わるかなと思ったんです。だからと言って、二人に対して何か象徴的な演出とかは考えていません。ただ同じ人間として、一俳優として、舞台に立ってもらおうと思ってます。

(後編に続く)

【勧進帳】演出家|杉原邦生×主宰|木ノ下裕一 [後編]

2016.10.10

 

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