「新潮日本古典集成 東海道四谷怪談」(郡司正勝 校注/新潮社)

books_banner

「木ノ下裕一オススメの古典芸能にまつわる本を紹介する企画。
「東海道四谷怪談―通し上演―」に先立ち、特別編として演目をより知るための<木ノ下の書棚>をお見せします。更に深く作品を味わっていただけること間違いなしの関連本を、木ノ下が愛情と自信を持ってご紹介!」

これぞ、虎の巻!「四谷怪談」を知るための、愛の一冊。

『新潮日本古典集成 東海道四谷怪談」(郡司正勝 校注/新潮社)

まずは「四谷怪談」の原作(オリジナル)を読んでみてはいかがでしょうか。数多く出版されている台本の中で、特に、私が胸を張っておススメするのは「新潮日本古典集成」!文政八年の初演時に最も近いとされるバージョンです。
「歌舞伎台本って、全部古語だし難しそう……」と二の足を踏んでおられる方、ご安心ください。本書はとにかく親切。難しい言葉のとなり(行間部分)には現代語訳や簡単な注が書き込まれている二色刷り。そして何より、郡司正勝先生による渾身の注釈が、読み応えたっぷりです。ストーリーの説明から時代背景、学術的な研究成果から先生の個人的な偏愛所感まで、余すことなく、この膨大な注釈に込められていて、「嗚呼、これを”愛”というのだな……」と、思わずため息が出るほどです。
巻末の解説は、「四谷怪談」入門にぴったりですし、付録(道具帳と呼ばれる舞台装置の絵、番付、香盤表などを収録)も充実していて、実に行き届いた編集。これ一冊読めば、ひとまず、”四谷怪談の全貌”を把握することができます。面白いようにどんどん知識が増えていきますよ。ちなみに、この新潮版は、木ノ下歌舞伎でも底本(※)に使用しております。現在、稽古中の私は、この本を常に持ち歩き、日に何度も開いています。もう、わが女房のような一冊です。
余力があれば、岩波文庫版、創元社版(名作歌舞伎全集)、白水社版(歌舞伎オン・ステージ)など比較的手に入りやすい異本(バージョン違いの台本)と読み比べるのも一興。「異本比べ」は、相当マニアックな読書方法ですが、随所にあらわれる解釈の違いを発見していくのは楽しいですよ。

※「底本」……もとにする本のこと。木ノ下歌舞伎では、作品を創作する際に、土台とするバージョンのことを指す。複数の異本が存在する歌舞伎台本において、どのバージョンを基にするかを決めることは、補綴(台本の編集作業)の第一歩であり、極めて重要な仕事。これを「底本定め」と呼び、演目ごとに、何冊もの異本を読み比べながら、慎重に決めている。