【三番叟・娘道成寺】木ノ下裕一×杉原邦生×きたまり 鼎談

初演から10年目を迎え、さらなる新境地へ
木ノ下歌舞伎 舞踊公演『三番叟』『娘道成寺』
木ノ下裕一×杉原邦生×きたまり

2008年の初演以来、上演のたびに進化を重ねてきた『三番叟』と『娘道成寺』。近年はそれぞれに上演されることもあった2作が、初演と同じく“併演”スタイルで、まつもと大歌舞伎に初お目見えする。上演まで1ヶ月を切った5月上旬、木ノ下裕一と『三番叟』演出と2演目の美術を担当する杉原邦生、そして『娘道成寺』振付・出演のきたまりが横浜に集結。初演の思い出から10年に及ぶ創作の軌跡、そして今回のクリエーションに対する思いなどをざっくばらんに語った。

取材・文・撮影:熊井玲

10年前の記憶が、すでに曖昧な3人

——過去のインタビューによると、そもそもきたまりさんと何かをやりたいということが、『三番叟』『娘道成寺』上演のきっかけだったそうですね。

木ノ下 そうなんです。2008年って言うとまだ僕が大学生で……。

杉原 大学院生じゃない? 2008年って。

木ノ下 いやいや……。そうだっけ?

きた うーん、23歳じゃないかな。

木ノ下 あれ、そうか。

杉原 記憶がおかしいよー!

一同 あはははは!

木ノ下 お二人とも大学の先輩なんですよね。だから今日は朝からすごく緊張してて。

杉原・きた あはははは!

木ノ下 僕は造形大(京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科)の5期なんですけど、当時学外でも公演して評価を得ていたダントツが、きたさんと邦生さんだったんです。でも当時きたさんとは、取ってた授業が1つだけ一緒くらいのつながりで……。

きた あれ、でも私一緒に文楽行きましたよ、学生時代。接点、それだけじゃないよ!

木ノ下 ……?(しばし考える) ああ! 当時僕が勝手に主催してた、文楽をみんなで観に行こう会というのがあって、僕がみんなのチケットを取りまとめて文楽を観に行ってたんですけど、そのお1人としてきたさんが参加してくださったことがありましたね。

杉原 曖昧だなあ(笑)。

木ノ下 (笑)。その頃邦生さんはもう木ノ下歌舞伎の企画員だったから、きたさんが『娘道成寺』やったら面白いんじゃないかって相談したところ、「それならもう1本ダンス作品をやったらいいんじゃないか」ということで、「三番叟」をやることになって。

きた 『娘道成寺』をやらないかと言われた時は、「後輩が何を言ってるんだろう?」くらいの感じでしたね(笑)。

木ノ下 すごい覚えてますよ、僕が話している間、ずっと不機嫌そうに「はあ、はあ」って(笑)。

きた その時ねえ、私が一番尖ってた時だから(笑)。なんの話がきても「はあ、はあ」としか答えない時期でした(笑)。

木ノ下 「これからこの人と作品作るのかあ。ダンスも怖いけど、普段も怖いぞ」って思ってました(笑)。

きた あと……酒癖がよくなかったね。

一同 あはははは!

きた でも尖りながらも、後輩がせっかく頼んでくれたものを無下に断るなんて、っていう気持ちはありました。

木ノ下 ありがたいです(笑)。

きた 『娘道成寺』に対しては正直、興味がなかったけど、木ノ下くんが木ノ下歌舞伎ってものを立ち上げたってこと、名前に歌舞伎をつけたことがもうすごいなって。キガイがあるとしか思えないじゃないですか?

木ノ下 傷つけられる、みたいな?

きた いやいや、危害じゃなくて気概(笑)。

一同 あはははは!

振付作るのに邪魔だから帰ってくれない?って(木ノ下)

——当時は今のように、木ノ下歌舞伎も創作のプロセスや役割分担などが決まっていなかったと思います。具体的にはどのように作品を立ち上げていったのでしょう。

木ノ下 何しろ、観てはいるけどダンスを作ったことはないし、きたさんのことも何にもわからないし、どうしようと思いました。

一同 あはははは!

木ノ下 きたさんからはまず、『娘道成寺』の長唄をアレンジしたオリジナル楽曲にしたいってアイデアが出たんですけど、あとは決まっていなくて、当時僕は稽古場に行けば行くほどいいと思っていたので、毎日のように稽古場に行ってたんですよ。でも別に何を聞かれることなく、きたさんは黙々と振りを作ってる。その様子をじっと観てたんですね。で、ある時きたさんから「振付作るのに邪魔だから帰ってくれない? 集中できないんだよね」ってめっちゃ怒られて。「必要だったら呼ぶから」って。

杉原 その話、覚えてる(笑)!

きた だって、本当になんで木ノ下くんは稽古場にいるんだろうって思って。

一同 あはははは!

きた 振付って誰もいないところでこっそり黙々と作るものだから集中力が削がれて削がれて。しばらく我慢してたんですけど、とうとう耐えきれず言いました(笑)。

杉原 僕は『三番叟』の演出と両作品の美術もやってたから、『娘道成寺』の稽古場にも何回か行ってて、その状況はなんとなく知ってました(笑)。美術の面では、当時僕は身体に負荷をかけるような美術が好きで、『娘道成寺』も最初のプランでは、鉄パイプを床面に碁盤の目みたいに組み合わせた、跨がないと踊れないようなものを考えていたんです。それを話したらきたまりは開口一番、「そんなんじゃ踊れない」って(笑)。そのあともう一度プランを練り直して、下に布を敷くくらいならってことになり、『三番叟』で吊るす紅白幕を『娘道成寺』では床に敷くことになって。

木ノ下 でもね、今聞いてると、きたさん気の毒ですよ。木ノ下歌舞伎の2人から急に「『娘道成寺』やれ」って言われた上に、踊りにくい美術で踊れと言われて……「お前らふざけんなよ!」って思いますよね(笑)。きたさん、よう断らなかったなって今になって同情しました。

一同 あはははは!

「もどく」を念頭に、でもどう作ったかは……覚えてない(杉原)

——一方の『三番叟』は、どのようなクリエーションを?

木ノ下 邦生さんがちょうど別の現場を抱えてて、稽古に来れない時期があって。最後の2週間を切ったくらいから合流して。

杉原 そうだったっけ?

木ノ下 その間もちろん、能の“翁”と“三番叟”は見たり、先輩に狂言師の(茂山)忠三郎さん、当時の良暢さんがいらしたので狂言のレクチャーをしてもらったりはしてたんですけど、演出家がいないまま稽古をしていて、ある時出演者だけで自由に振りを作る、というカオスの時間があって。

一同 あはははは!

杉原 ああ、そうだったね(笑)。振付をけっこうダンサーたちに任せてたんだ。どうやって作ったのか、もうあんまり記憶がないんだけど、木ノ下くんから「もどく(模倣して繰り返す)」ことが『三番叟』のテーマということだけ聞いていて。だから、『三番叟』が先行芸能から能狂言になり、歌舞伎になり、その先に僕らの『三番叟』を作るっていう流れと、冒頭で翁がわけのわからない言葉をしゃべるんですけど、それが順番にわかりやすくもどかれていく、解説されていくっていう構成を踏襲しようということだけは念頭において稽古しました。でもあとは、よく覚えてないですね……。ダンスの演出は2作目だったし、ダンス作品を作るノウハウがそんなになかったから。

木ノ下 でもけっこう邦生さん、自分で踊って振り付けてましたよ。

杉原 だそうです(笑)。

『三番叟』で、全人類を寿ぐ

——初演のあと、『三番叟』は2012年、13年、14年に、『娘道成寺』は12、13、17年に再演されましたが、今回はどのような作品になりそうでしょうか。まずは今回、キャストや音楽、演出、美術を一新してのリクリエーションとなる『三番叟』から教えてください。

杉原 『木ノ下歌舞伎ミュージアム “SAMBASO” ∼バババッとわかる三番叟∼』(KYOTO EXPERIMENT2013)をやったときに、もうこのバージョンはやりきったなと感じて、次にやるなら作り直そうって話をしてたんです。なので今回、串田(和美)さんから松本で上演の機会をいただいて、僕の中では当然の流れとして「作り直しましょう」と。ただ2016年に『勧進帳』をリクリエーションするまでは、ここまで徹底的に作り直すイメージはなかったんです。でも16年の『勧進帳』で、自分の思考が以前とは全然変わっていることに気づいて、結局美術も衣裳もセリフも全部変えることになったので、「『三番叟』を作り直すって言っても、これはただでは済まないだろうな」って覚悟はしていました(笑)。それで、ダンサーも美術も衣裳も一新し、振付にはこれまで何度も一緒にやっていて信頼しているBaobabの北尾亘くん、音楽にはTaichi(Master)さんが入ってくれることになって。

木ノ下 タイトル以外、全部違うんです(笑)。

——新生『三番叟』のキャストは、どんな方達ですか?

杉原 振付もお願いした北尾くんは今すごく脂が乗ってて、パフォーマーとしても身体のキレがすごいし、もともと子役で演劇から入ってるから言葉やドラマに対する振付のセンス、感度が高い。彼なら、この『三番叟』っていう物語性のない舞踊演目に対して新たなドラマを生み出すような、新しい冒険に一緒に挑んでくれるのではないかと。『勧進帳』にも出てもらった坂口涼太郎くんは、エキセントリックさと人間味の両方を持ち合わせている俳優。その両面性がとても面白いし、身体も利くから、生々しいところと超人的なところが身体からも出てきて、彼なら面白い翁になるんじゃないかと思いました。内海正考くんはモモンガ・コンプレックスの公演で何度か観ていて……、彼、謎でしょう?(笑) いい意味で何を考えているのかわからないし、抽象的な身体を持っていて、得体の知れなさがある。それとこの3人は背のバランスも大中小って感じでいいし、それぞれに特徴的な身体を持っているので、同じ振りを踊ってもまったく同じに見えない。そんな3人の神様が寿いでくれたら、ハッピーな作品になるんじゃないかと思ってます。

木ノ下 旧『三番叟』は、能の「翁」の構造をどう踏襲して現代に置き換えるかとか、「もどき」がテーマであるとか、狂言の動きや小道具をどう現代的に還元するかという、演目の中での現代化に力を注いできたんです。でも今回は、ある種そういった古典との小賢しい、わかりやすい接続の仕方じゃなくて、祝祭舞踊が世の中を寿ぐって、現代では一体どういうことなのか、を思考する作品になっているのではないかと。だからこの作品が古典をベースにしていることは、ぱっと見だとわからないかもしれません。でも10年目にしてようやく自由に『三番叟』にチャレンジできているというか、そこが今回の大きな変化という気がしますね。昨日、夜にその日の稽古場の映像を見返すんですけど、観てると泣けてきて。

杉原 え、おかしいでしょ(笑)?

木ノ下 なぜ泣けたのか、あえて一言だけ説明すると、すべての人が祝福されるべき存在なんだっていうことを作品から感じるんですね。その感じは自分の中でも新しくて。それまでは、例えば「ここは古典のあそこをうまく翻訳してるな」ってことが作品を観ながら気になっていたんだけど、それとは違う次元の作品になりつつあるなと。

杉原 今回、僕の木ノ下歌舞伎演出作品の中でも一番ぶっ飛んでるんじゃないかな。初演を今見返すと、非常に記号的な演出というか、「これだと『三番叟』になるでしょ?」みたいな提示の仕方に見える。今回はそういうのを全部なくしたいと思っていて。恥ずかしげもなく言うと、“寿ぐ”ことが、全人類を肯定することになればいい思うんです。『三番叟』は五穀豊穰、天下泰平、国土安穏のため、平和な世界を願って上演される演目ですが、じゃあ個人の存在意義がどんどん揺らいでる現在、僕らにとって平和な世界ってなんだろうと考えると、個人が肯定されることじゃないかと。人間1人が、今ここで生きてるってことを肯定されるってことが、世界の平和やハッピーにつながっていくのかもしれないと思ってて、そんな“存在肯定”を『三番叟』を観て感じていただけたらすごくいいなって思うんです。

木ノ下 昨今の邦生さんの作品を見てると、今の発言は筋が通っているというか、言葉の重みが違う気がします。最近の邦生さんはどんな作品を演出する時も、居場所がない人のつらさや、自分で居場所を作ることの大切さを描いていると思うんですね。『ルーツ』も『夏の夜の夢』も居場所を作るために紛争する話でしょう? 極め付けが(池袋で2つのグループが勢力争いを繰り広げる)『池袋ウエストゲートパーク SONG&DANCE』。最近邦生さんから出てくるメッセージとして、そういう“居場所”のことが強い。そこには、「現実では居場所を見つけるのが大変でしょうけれど、客席にあなたの居場所は用意してます」ってメッセージが込められていると思うんですよね。だから今回、“全人類を寿ぐ”ような、本当の『三番叟』になるんじゃないかなって気がしてます。

『娘道成寺』を完全版に

——『娘道成寺』は2017年に、それまでの30分バージョンから60分バージョンに大幅改訂されました。今回はその再演になるのでしょうか?

きた 私、『娘道成寺』を再演したことが、実はないんですよね。

木ノ下 出た出た、待ってました(笑)!

杉原 きたまりー(笑)!

きた (笑)。上演のたびに違ってて、だから今回も「今年はこういう感じです」という気持ちです。でも今年で振付は全部完成させようと思ってます。ソロなので、これまではちょっと余白を残して、飽きないようにしておかないと、と思ってたんですけど、ちゃんと振りをつけないと即興的なところにふっと持っていかれる。なので今回はちゃんと、どこに手を置く、どの音で動くということを全部決めようと思っています。

——決定版になるということですね。

きた そうですね。『娘道成寺』は初演が生演奏、2012年からは長唄の原曲をコンパクトにした音源でやってきたんです。2017年はそれをフルレングスで使った60分の作品にしました。『娘道成寺』では、作品の物語と音楽の物語、そのどっちも付き合わないといけないと思っているんですが、曲との付き合い方が上演のたびに変わるんです。でもほんっとうに長唄って、全部歌詞で説明しちゃうんですよね! そんなに説明しなくてもいいのにってくらいに(笑)。

一同 あはははは!

きた だから踊りの情報量はどんどん少なくしていくということが必然的になってきて、今回はさらに踊りの情報量を減らしていくことになるんじゃないかと。

——先ほど、当初は『娘道成寺』にあまりご興味はなかったとおっしゃっていましたが、10年付き合って、思いの変化はありましたか。

きた 話自体は、今も全然好きじゃないです。

一同 あはははは!

きた だってこんな報われない理不尽な話、終わったあとにモヤモヤするじゃないですか(笑)。娯楽として間違えてません?

木ノ下 “娯楽として間違えてる”(笑)。

きた そういう意味では全然好きな話ではないんですけど、でも2017年のクリエーションの時に、これまでやったことなかったんですけど、木ノ下くんとリサーチのため道成寺(和歌山県)に行ったんです。それがよかったなって。道成寺自体は普通のいいお寺なんだけど、蛇塚の空気がヤバかった。

木ノ下 そうですね。清姫を埋めたと言われている塚なんですけど。

きた 空気を感じるというか、晴らせない思いとか未練とか、誰かが残した思いは実在するんだと、そういうことを受け入れられた感じがします。なかなか人類皆平等ってわけにはいかないな、とか幸せな人がいればその裏でもがいている人がいるなってことを、考えるようになれたかな、この作品を通して。

木ノ下 『娘道成寺』は木ノ下歌舞伎の宝物です。だってあんな“道成寺”作れます? 女性の情念とか安珍・清姫伝説のドラマを舞踊化して、「いつの時代も女性の情念って怖いですね」みたいなことを女性ダンサーが自ら踊りで示すというような作品は他にもたくさんあるけれど、きたさんの『娘道成寺』は、そんなものとは一線を画します。もっと深いところで、古典と現代をつなげている。そこがまずすごいんです。そしてきたさんの作品て、すごく悲しいんですよね。人間が生きていることの悲しさが表れていて、しかも身体でしか表現できないドラマを紡いでいる。身体からドラマが滲み出してくるんです。もちろん振付だけ見てもすごくよくできていて、歌舞伎の踊りの基本である“当て振り”を、本当に見事に現代に翻訳しているんです。

まつもとは歌舞伎先進地域

——今回、木ノ下歌舞伎にとっては2度目の松本公演となります。松本への思いと、舞踊公演『三番叟』『娘道成寺』をご覧になる方に、鑑賞のアドバイスをお願いします。

杉原 前回の『勧進帳』は、僕がかなり実験的なことをやってしまった作品だったので(笑)、松本での初演前は正直心配しました。でも初日から反応がすごくて、たくさん笑ってくださって。

木ノ下 松本の方達は感性が高いんですかね。いろんな実験に対しても柔軟というか、積極的に参加して楽しんでくれる感じがありました。

杉原 しかも街を歩いていると、あちこちで声をかけてくださるので、一瞬アイドルになったような気分になりました(笑)。

木ノ下 どこに行っても「観ました!」って言われるんですよね。

きた へえー!?

木ノ下 松本はまさに歌舞伎の先進地域ですよね(笑)。歌舞伎は串田さん演出の歌舞伎か木ノ下歌舞伎しか観たことがないというお客さんも多くて(笑)。

杉原 今回上演する『三番叟』は、舞踊作品ではありますが僕が舞台でやろうとしていることは基本的にいつも変わらないので、『勧進帳』を楽しめた方なら楽しめると思いますし、『勧進帳』の噂を聞いて観てみたいと思ってくださった方も、絶対に楽しめると思います。

きた 私は松本で公演するのが、今回初めてなんです。『娘道成寺』は、動きや物語の意味を無理に捉えようとしないで、ただただ動いてる身体を観てもらえたらいいいかな、と思います。

木ノ下 そうですね。(解釈の)“答え合わせ”をしようとしないで、もちろん古典をリスペクトしつつ、でもそれだけではなく、目の前で立ち上がってくるものと遊んでくだされば本望です!

2018年5月11日 急な坂スタジオにて

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