木ノ下裕一×白神ももこ|『夏祭浪花鑑』はこうなる!

3年にわたり、京都と横浜の演出家・俳優が共同創作に挑む企画<京都×横浜プロジェクト>。2年目となる今回は、東京に拠点を置くダンスカンパニー、モモンガ・コンプレックスの主宰で、近年は演劇作品への振付も多数手掛けている振付家・ダンサーの白神ももこが演出を手掛ける。木ノ下歌舞伎主宰・木ノ下裕一も「まったく予想外」という、女性キャスト中心の『夏祭浪花鑑』。いったいどんな作品になるのか? 気になる二人の対談をたっぷりとお届けする。

白神ももことの出会い

木ノ下 <京都×横浜プロジェクト>の2年目は、関東の演出家を招いて京都で作ってもらおうと始めから決めていました。で、横浜で<京都×横浜プロジェクト2010>『勧進帳』の稽古をしていた時に、誰にお願いするか考えながらいろんな公演を観た中で、白神さんが演出でかかわっていた「鰰(**るび はたはた)」があって。2プログラムあるうちの、3時間半かけて演者と作品をつくっていく、稽古の過程を見せるような作品を見たのが決定的でした。白神さんとはすでに面識はあったけど、演出するところを見たのは初めてで、でも「この人いいな」って思ったんです。ちょっとダンスっぽい作品だったんだけど、白神さんが演者さんたちになぜそういう注文をつけているのかがすごいよく分かった。演劇的やなって思いました。そう感じたのは、もしかしたら白神さんがもともとバレエをやっているかもしれませんけど。

白神 ああ。そう、かもしれないですねぇ。

木ノ下 あんなに明快なダンスの振付が、自分にとってすごく新鮮で。あと、快快の『SHIBAHAMA』に白神さんがゲスト出演してるのも観たんですけど、白神さんがものすごいマニアックな物まねを組み合わせて、『白鳥の湖』を踊ったんですね(笑)。それがすごい良くて。

白神 あはは!

木ノ下 まねする対象との距離の取り方が客観的な感じがしたんです。批評的に扱うっていうか。それを歌舞伎の身体性でやったら面白いやろうなって。前回の『勧進帳』では結構身体について意識して、歌舞伎の身体性を取り込んだつもりだけど、今回は白神さんという演出家を通して歌舞伎の身体性にもっと深く取り組めるんじゃないかと思ったんです。演目は、白神さんにお願いすると決めてから考えました。『夏祭浪花鑑』にしたのは、ちょうどそのころたまたま文楽で『夏祭浪花鑑』を観て、身体的なものが濃厚な、型とか見得がいっぱい入っているような演目だから白神さんにぴったりだと思ったから。それに、『夏祭』の長町裏の殺し場はバレエのバドドゥと似ているなんて言われているし、世間的には男ドラマと認識されてる演目で白神さんにはすぐ結びつきそうにない。そんな既存の『夏祭』の印象を覆すのが面白いなって。

白神 私は、木ノ下歌舞伎は『勧進帳』と、映像で『三番叟』を見たくらいだったんですけど、でもオファーをいただいた時に、不思議とあまり違和感はありませんでした。「おお、面白そう」「でもどうしよう?」みたいな。もともと、歌舞伎の動作にあるような細かい動きが好きで、日本の身体に興味があったので、やってみたいなと思いました。

木ノ下 で、二人で今年6月に新橋演舞場でやっていた『夏祭』を観に行ったんですよね。『夏祭』っていうとどうしてもコクーン歌舞伎の印象が強いけど、歌舞伎版は……もうね、くだらんかったね。歌舞伎版の『夏祭』は、いまの歌舞伎の現状を露呈してる感じがした。コクーン歌舞伎の串田(和美)演出版は、このシーンをどう見せるってことをよく考えて演出されてますよね。でも歌舞伎版は、何を見せたいのかがはっきりしないっていうか、今のお客さんにこの演目をどういうふうに見せたらいいかっていう、そこが弱い気がした。だから様式美を追究するあまりシーンが間延びしてしまったり。

白神 だから無駄なシーンばっかりある(笑)。私もコクーン歌舞伎の『夏祭』は映像で観てるんですが、歌舞伎で観たのは初めて。身体的な作品だって聞いてたからそのつもりで観始めたら「え、意外とふつうの芝居だ」と思って(笑)。でも観ながらだんだんと、例えばふとした瞬間によろめくとか、普段の人の描写みたいなものが、ある意味歌舞伎的に表現されてる、それが歌舞伎的身体ってことなのかなと思い始めて。あと、普通に歌舞伎を観に行ったら、殺人がどうとか物語がどうかってことよりも、私だったら「あの役者の後ろ姿よかったよね」とか「ふんどし良かった」とか、そういうことを楽しんじゃうんじゃないかなと思ったんですね。コクーン歌舞伎はスタイリッシュで、無駄なシーンも結構排除してて、役者のかっこよさを見せつつストーリーをうまくみせる演出だったけど、歌舞伎版は登場人物が全然かっこつけてないし、時々くだらなかったり、緩慢なシーンもあって、でもそれはそうと分かった上でやってる、みたいな感じがすごい良いなと思って。そこに好感がもてて、私は楽しみました。
木ノ下 今回白神さんは、いわゆる歌舞伎の観客だと素通りするような動作とかを拾い上げて演出するそうなので、串田版、歌舞伎版とはまた全然違うベクトルの作品になると思いますよ。

あらためてクリエイター同士として

白神 木ノ下さんは、ちょっと不安になるくらいのホメ上手(笑)。だから本当はどう思ってるのかしら?と実は気になってます。私と違うベクトルの知識も持ってるし、シビアなところも持ってる人だなと思うので、その辺が腹の探り合いみたいにならないといいなって(笑)。あと、話してて「いいっすね」って言いながらちょっとマジな顔になることがあって、実は「ん?」って思ってるんだろうなって時がある(笑)。

木ノ下 いやいや、まずはとりあえず自由にやってもらえたらいいなって思ってるんです(笑)。ホメについても、思ってもないことについてはいいとは言ってません。でもいいと思ったら、そこを拡大して言ってるかもしれない(笑)。白神さんは、自分にない回路をもってますね。作品のアイデアが出てくる回路が、途中までは分かるんだけど、コンセプトと手法の間にブラックボックスがあるっていうか、それがすごい面白くて。ちょっと語弊があるかもしれないけど、これまで出会った女性のコレオグラファーとかダンサーって情動的っていうか、自分の感情とか思ってることを表現として出す方が多かったけど、白神さんは一歩引いてる感じがして、その辺がすごく新鮮。っていうか天才やと思ってるんやけど、すごく希有な人やなって。

オーディションで作品の方向性が決まる

木ノ下 オーディションで出演者を決めるのも、<京都×横浜プロジェクト>の大きな特徴です。というのも、木ノ下歌舞伎はいろんな人が寄って来て歌舞伎を考えるっていう団体なので、間口を広げたい、新しい風を入れたいっていうのがまずありますね。あと、オーディション前にあらかじめ作品の方向性が決まってることはごく稀で、オーディションしながらどういう作品にしていくかを決める、オーディションありきで作品が作られるんです。始めから演出プランを考えちゃうと作品の幅を狭めることもあるし、木ノ下歌舞伎には“いま”の俳優が集まってくることが重要なので、やっぱりメンバーの顔を見てから作品の方向性を決めるのがいいと思っています。

白神 今回もオーディションの時点ではまだ、男女のバランスも決めてなかったんですけど、なんとなく蓋を開けてみたら、印象として「喰ってやる」みたいな印象の女性が多くて(笑)。真っ正面から「喰ってやる」顔もいるんですけど、脇腹くらいから「ちょっと喰ってやる」顔の人も居て、どうせならそういう「喰ってやる」顔の女性がいっぱい居たらいいなって。その後、祇園祭の時にワークショップをやって、合格者のみんなと一日一緒に過ごしたんですけど、まあ完全にみんな別のタイプで面白かった(笑)。あと、祇園祭で感じたのは、祭りとの距離感。お祭りではどうしても屋台に乗っているのは男の人で、女性は観てるだけみたいな感じがありますよね。そういう祭りとの距離感と、『夏祭』にはアウトロー感があるっていう先生(木ノ下)の話がリンクしたんです。祭りが背景にはあるんだけど、それとは関係ない場所で、祭りにも参加できないようなアウトローな人種が、祭りの喧噪にまぎれて殺人を犯し、祭りに紛れて逃げるっていう。確かにお祭りには人が一人死んでてもおかしくないような熱狂があるじゃないですか。そういう感じがなるほどなって。

木ノ下 結果、今回は女性だけのキャストになったんですけど、当初僕は、女性だけの『夏祭』っていうのは全然頭になかったんです。で、選考会議で女性だけでやるのはどうかって話が出た時に、その瞬間は「いや、それはないやろ」って思った。まったく必然がないし、とってつけたふうに見えるんじゃないかと思ったんですよ。それと、『夏祭』の中で一カ所、女が主役になるシーンがあって、六段目の三婦の家でお辰ちゃんが焼き鏝で顔を焼くシーンなんですけど、ともすると安直な「いつも犠牲になるのは女性だ」みたいな、啓発劇的なものになりがちなんだけど、絶対にそうはしないでおこうと思っていたんですね。でも、白神さんが言ってくれたように、祭りの当事者じゃない、祭りを見る側の「女たち」ってキーワードで『夏祭』を見返すと、非常に面白い発見があって。あの一種義理人情の感動物語みたいなお話が、女性が男性の役をやることで物語と舞台に距離が生まれて、生々しさがなくなるんです。それはすごくいいことじゃないかと思いました。

稽古はどうする?

木ノ下 稽古場にはほぼ毎日行きますね。で、アイデアがひらめけば、白神さんにちょっと言うかもしれません。でも役者とは特別接点をもたないと思いますよ。それは白神さんに全部お任せします。僕が言うのは、作品を俯瞰した時にこのほうがいいと思ったことだけ。それを白神さんがどうするかはお任せします。

白神 稽古場にずっとそういう、ドラマトゥルグ的な人が居るのは初めてです。だいたい通しとかまでは自分でつくって、そのあとスタッフに意見をもらって変えたりってことはよくやっているんですけど、でも毎日稽古場に俯瞰して見る人がいるっていうのは初体験。毎日は来ないでって言うかもしれないけど(笑)、でも楽しみですね。

木ノ下 今回、自分に課そうと思っているのは、気長に待つってこと。これまで2回白神さんの作品を観ていますが、一見すると作品の筋からかけ離れたことをやってるように見えて、実はちゃんとつじつまが合ってる、ということがよくあると思うんです、白神さんの作品て。今回も、作品について話す中で、白神さんから突拍子もないアイデアが出てきたりして、それがどう『夏祭』とつながるか分からへんなってところも正直あるんだけど(笑)、白神さんの中ではどこかで繋がってるんですよね。だから早急にそれはどうとかってあまり言わずに、気長に待ってみようって。まあ、白神さんの言うことって大体理解できへんのよ。

白神 え!? 

木ノ下 あ、アイデアについてね、アイデア(笑)。

白神 でも確かに私、作品を作る前にけっこういろんなことを考えるんだけど、稽古場では全然違うことを思いついて、その思いつきだけで突っ走る、みたいなことはよくありますね。

木ノ下 つくってることと考えてることに飛躍があるんだと思う。でもそこに白神さんしか分からないラインがあるんやろうね。今回、僕がそこを頑張って見つけるっていう。白神さんの作品がすごく面白いのはすでに分っているので。

白神 私は、先生がなんでも深読みして解釈してくれるところに期待してます。先生が深読みしてくれることで逆に気付くこともあって。「ああ、そういうふうにも見るんだ? そう見えた?」とか。

木ノ下 それは任せてください(笑)。

初めての京都滞在、初めての演劇演出について

白神 京都にはそんな違和感がありません。10月のGroundP★(グランップ)にモモンガ・コンプレックスで参加した時も、モモコンがゆるいからかもしれないけど、フェスティバル感にも助けられて、お客さんもフランクに観てくれましたし。演劇作品という点についても、私は言葉にそこまで意味を求めてなくて。言葉をすごく重要視してる方にはもうちょっと言葉を大事にしてくれよって思ったりするかもしれないけど、私自身はそこまで言葉に対して執着がないので、言葉が持つ無意味感みたいなもの、無力感とかが出せればと思っています。それと、最近は物語がある身体に興味があるので、演劇を演出するのは初めてなんだけど、自分にとってはそんなに違和感がないんです。作品を作る時は毎回犬になりたいと思うくらい不安でビビリなのですが、きっとなんとかなるんじゃないかなと(笑)、そう思ってます。