主宰木ノ下、思いを綴るー多田淳之介さん編ー

多田淳之介さんは、大きな〈手〉を持つ演出家だ。物語も身体も、この国の歴史も、世界情勢も、現代に転がる様々な諸問題も、時代の空気までも、それら一切合財を、細やかに、かつダイナミックに掬い取り、作品として構築することのできる大きな手だ。当然ながら、その手は、私たち観客にも伸ばされる。だから、多田さんの作品を拝見して、“無傷”で帰って来られたことなど一度もない。観客は傍観者という立場から〈当事者〉へと引きずり込まれる。作品からは「オレは、今、こう思っているけど、で、あなたはどう思う?」という演出家の声が聞こえてくる。その問いに向かい合わない限り、その手を放してはくれない。
歴史の集積、戦争の痕跡、災害の傷跡、隣国との関係など、常に私たちの周囲に存在しているはずの逃れようの無い“ものごと”から目を逸らすことで、あえて無知でいることで、時に無かったことにしてしまうことで、インスタントな平静を保とうとする悪い癖がついてしまった日本(わたしたち)に必要なのは、多田さんのような“握力”なのだ。

木ノ下歌舞伎主宰 木ノ下裕一

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