【東海道四谷怪談ー通し上演ー】演出家|杉原邦生×主宰|木ノ下裕一 対談[後編]

2013年、木ノ下歌舞伎が初めて通しで取り組んだ『東海道四谷怪談』。愛と欲望、忠義と復讐……さまざまな人々の本音と建前が錯綜する一大群衆劇として、注目を集めた快作が、満を持して「木ノ下“大”歌舞伎」に登場する。この4年という月日、そこで重ねた創作、経験は、いかに再演に注ぎ込まれるか。古典と現代とを出会わせるその手腕はどのように育まれたのか。
監修・補綴を手がける木ノ下裕一と、この再演をもって木ノ下歌舞伎を卒業する演出・杉原邦生が、大いに語る!

「身内」でなくなる二人。その行く末は?

    今回の公演で、杉原さんは木ノ下歌舞伎を卒業されますね。卒業を決めてから現在までの心境や取り組みに変化はありましたか。

木ノ下 作品においては僕がドラマトゥルクなんですけど、邦生さんはずっと団体のドラマトゥルクでもあったんですよね。特に2010年くらいからこっちは。

杉原 「先生が古典をもっと広く開いていきたいなら、京都だけでやっていても意味がないし、僕と先生だけで演出してるのも意味がない」なんてことを言って、いろんな芝居を勧めて観に行ってもらったり。横浜が東京と張る舞台芸術の拠点になりそうだっていって、急な坂スタジオに一緒に企画を持って行ったこともあるし……。

木ノ下 だから、邦生さんからもらったものの大きさは語りだすときりがない。

杉原 2012年に上演した『義経千本桜』で、「あぁ、先生の周りにこれだけの人が集まって、これだけの企画ができるようになったんだな」って実感があったんです。だからそれ以後は、どうやって自分の作品で、木ノ下歌舞伎をより広げていけるかを考えてた。で、2013年の『三番叟』チリ公演で、旗揚げの時から二人でいつかやりたいって話していた海外公演も実現して。それで「一緒に上がれるところまであがったし、そろそろ(卒業するのに)いいタイミングかなって」って思って、先生にメールをしたんです。すぐ後に予定されていた『東海道四谷怪談』(初演)でやめるか、そのときにはもう「”大”歌舞伎」をやることが決まっていたから、それまで残った方がいいかと聞いたら、「”大”歌舞伎までいてください」と。でも、あの時の決意があったから、その後の4年間、自分の作品により集中できて、成果を出すこともできたと思います。

    少し気が早い質問ですが、卒業後の杉原さんと木ノ下歌舞伎、そして木ノ下さんとの関係を、お二人は今、どんなふうにイメージされているのでしょう。

杉原 卒業したらまずは、自分が主宰しているKUNIOのいちばんのライバル劇団が木ノ下歌舞伎になると思ってます。同じ京都出身のプロデュース団体で、ずっと面白いことをやっていますから(笑)。で、僕はそのライバル劇団に、面白いって思われ続ける演出家でいたい。今までは先生が同じ団体の人間としてすぐそこにいたから、「こういうことやりたいんだ」って言うと実現する可能性は高かった。でも、これからはそうはいかない。呼ばれなくなったら、それは、演出家として魅力がなくなったってこと。だからかえって背筋がピッとなりますね。シンプルに、一人の演出家として今やりたいこと、演劇で社会とどうかかわるかってことを突き進めていく。もしそれを、先生が、木ノ下歌舞伎が認め続けてくれたら、幸せだなと思います。

木ノ下 なんとも身に余るお話です。僕は今後も変わらず、杉原邦生という演出家を追い続けます。で、「演出家・杉原邦生の今を考えれば、こんな時に木ノ下歌舞伎なんて小劇場をやってる場合じゃないから、3年くらい時間をおこう」とか(笑)、「でもこの作品はどうしても再演したいから、一回電話してみようか」なんて考えるんじゃないかな。邦生さんがつくってくれた木ノ下歌舞伎の作品はどれも宝物で、すり減らしてもいけないし、お蔵入りにしてもいけないですしね。それと、劇団としてライバルになれるかという話とは別に、やっぱり僕は、邦生さんのいちばんの理解者であり続けたい。今でも、木ノ下歌舞伎以外の邦生さんの作品を観る時は、決闘に行くような気分なんですよ。あえて原作以外の情報、インタビューや対談なんかも読まないようにして、どこまで邦生さんがやろうとしたことを読み解けるかを自分に課してます。批評家なら、作品を真っ向から批判したり、自説を展開してもいい。でも、僕はドラマトゥルクですからね。「演出家がどういう問題意識をもっていて、何をやろうとして、何が具現できていて、何がまだ具現できていないのか」などをちゃんとくみ取った上で、アーティストに寄り添いながら、さらにプラスアルファの可能性を話し合いたい。そう思って劇場に足を運んでいるわけです。ただ、今までは普段しゃべったり、電話したりするなかで、邦生さんが今、どういう興味を持ってるか、何を考えてるかは見当がついた。いわば、ちょっとだけズルしてたんです(笑)。ところが、メンバーでなくなると、その情報が減るでしょう。これはかなりの正念場で、「こいつ、どこまで俺のこと追えてるんや」と試されるわけですから。

杉原 (笑)!

木ノ下 もちろん、いちばんの理解者、と言っても順位があるわけじゃないけど、「木ノ下が言うならちょっと考えてみようかな」って存在にずっとなっていたいし、それを目指そうと思ってます。ただね、離れるといいこともあるんです。これからは、ある意味他人でしょ。ようやく、「身びいきだ」とか言われずに本音が言えます。本人じゃなくて、たとえば周りの人、批評家たちに。「あなたがたは、あの画期的な『ハムレット』をどう観てるんや!」(机バンバン!)とかね(笑)。

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