【合邦】出演者インタビュー/伊東沙保さん

木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』が約20ヶ月ぶりに帰ってきました。

2019年の初演から、より進化/深化した増補改訂版に出演してくださるのは、前回から続投となる方々から、本作でキノカブ初登場のニューフェイスまで総勢11名。創作はいったいどんな様子なのか、稽古まっただなかの皆さんを直撃しました。 そもそも歌舞伎や『摂州合邦辻』をどう思っていたか、木ノ下歌舞伎の作りかたに触れた感想、ご自身の役柄について思うこと、上演への意気込み……。『糸井版 摂州合邦辻』を見つめる俳優さんの視点は、作品の世界に私たちを誘う道しるべとなってくれるはずです。


『糸井版 摂州合邦辻』の現場はいかがですか

初演の稽古に入る前の話なんですけど、前回の出演(『心中天の網島 2017リクリエーション版』)からそれほど時間は経ってないのに、木ノ下歌舞伎から離れていた期間、少し歌舞伎が遠いものに思えてしまったんですね。正直それは寂しかったです。一度触れてしまったがゆえに、もっと知っていればもっと楽しめるはずなのにって。でもそこから合邦の稽古に入って、木ノ下先生のレクチャーなども聞いて、ほら面白いよね、こんな楽しみ方があるよね、やっぱり好き!という、揺り戻しのようなものがありました。

役についての思いを伺えますか

羽曳野って役割がはっきりしていて、律するとか、止めるとか、正すとか、そういう役目ですよね。でもそれが本当に正しいのかというよりも、“その人が”正しいと思っているもの、守らなければいけないもの、大切にしているものが強くあるというだけで。再演では、それぞれ立場も考えもバラバラな中で、それが揺らいだり、抱えている事情や、そういるしかない理由、いろんな役のそういうのがもっとぐちゃぐちゃになったらいいなと思っています。
糸井さんはその複雑なぐちゃぐちゃを掬い上げて、許してくれそうな気がするんです。矛盾している部分があっても、そういうものもありだよね、みたいな。糸井さんの世界には、そういった小さきもの、弱きもの、情けないものを「ちゃんと見てるよ」っていう眼差しがあると思います。世界が広がったからこそ、存在していていいよと許される世界があるような気がしますし、その一部になれたらいいですね。
あと、稽古中に、羽曳野は観客に一番近い立場だという話があって、そこも大切にしていきたいです。

『糸井版 摂州合邦辻』[2020] 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都

再演の稽古の様子を教えてください

再演の構想を聞いた時に「とても賛成!」と思えたので、ワクワクしていました。
新しいシーンが追加されたんですが、そこでは合邦の登場人物じゃないかもしれないし、出てきている誰かかもしれない、境界線がわからない感じだといいのかなと思います。神話だって人間が作ったものだけど、人の手が本当に及ばないものという部分も共存しているし、古典とか現代とか、現代劇とかっていう枠じゃなくて、全部そこにある、みたいな……まだ未知の部分が多いのですが(笑)このお話には、簡単に誰もが共感ということが難しい部分もあるものの、それは<大きな物語>の一個であり、もっと大きな枠や流れの中では、ただの小石に過ぎない。そしてその小石にも物語があってね、という、そういう世界を見ていただけると思います。

お客様へ向けてメッセージをお願いします

初演で一つの物語として作ったものが更に外に開いていって、その物語が「あなたにもあるでしょう」という、包みこむような作品になったらいいなと思っています。
演劇を見るということ自体が、以前にも増して能動的な行為になった今、いろんなものを引き換えに観にきてくださるということが、本当にありがたいなと思っています。どうぞご無理なさらずに、心と体のタイミングがあって「今、観てよかった」と思っていただけたら嬉しいです。

2020年10月6日稽古場にて収録


伊東沙保(イトウ・サホ)

1980年生まれ、千葉県出身。大学卒業後、就職を経て活動を開始。地点、チェルフィッチュ、ハイバイ、サンプル、五反田団、ロロ、範宙遊泳、多田淳之介作品などに参加。近年の出演作に、キラリふじみ×東南アジア舞台芸術コラボレーション『BEAUTIFUL WATER』、ホリプロ『渦が森団地の眠れない子たち』、地点『三人姉妹』、新国立劇場『かもめ』など。木ノ下歌舞伎には、『心中天の網島』初演(2015)とリクリエーション版(2017)、『糸井版 摂州合邦辻』(2019)に続いての出演。初演に続き、羽曳野役を演じる。