[木ノ下の惚れた至芸]第一回 榎本健一

 

さて、第一回目は、エノケンこと榎本健一様にご登場願いましょう。
初回に相応しい、日本芸能史上、燦然と輝く大御所です。

ところで、エノケンと同時代を生きていない者にとって、エノケンの〈凄さ〉を実感するのは、随分難しいのですね。つまり、全盛期のよいアーカイブがほとんど残っていない、もしくは、残っていたとしても手軽には見れない。
残念なことです・・・。
まあ、人生の前半期は浅草を拠点に舞台中心で活躍されておられましたから、映像があまり残っていないのは当然としても、残念なのは映画・・・『エノケンの法界坊』とか『エノケンのお染久松』とか『エノケンの孫悟空』とか、あることはあるんですけどね。
ごく稀に、そのビデオが手に入ったとしても、ビデオ版は、随分ずさんなカットがほどこされていて、公開当時の面白さをぶち壊しているなんて話をよく聞きます。
事実、『法界坊』は、「双面」のシーンもあって、洒脱に歌舞伎版「法界坊」をパロディー化することに徹しているはずが、ばっさり切られておりました。とほほ。
まことに残念なことですが、エノケンの身体的超絶技巧をこの目で確かめることができない…、その上に、「伝説」だけは山のようにありますので、いよいよ、想像が膨らみます。
特に、エノケンの並外れた運動神経についての伝説は事欠きません。
やれ、壁を横に走ったとか、
手だけで劇場の幕綱を登り、天井のシャンデリアにぶら下がったとか、
走っている車の後部座席左のドアから出て、車の回りを半周して右のドアから入ってきただとか。
後年、何度も足を悪くして、脱疽が再発を繰り返し、とうとう右足を切断することになるなんて、なんと皮肉なことか・・・。
全盛期のエノケンの「凄み」、今となっては想像するしかないようです。
ちなみに映画『雨に唄えば』のドナルド・オコナーの演技を見た時に、若き日のエノケンはこんな風だったのでは?と思ったりしました。
あれも、見事な身体芸ですもんね。

ですから、木ノ下にとってのエノケンは、没後に聞いた「歌」の数々なのです。
「ベアトリ姉ちゃん」、「洒落男」、「月光値千金」、「ダイナ」・・・どれも名曲です。
さて、ここでその至芸の一端を、お聴きください。
「ダイナ」「「月光値千金」」「私の青空」、名曲揃いの三曲がメドレーになっている豪華版です。

いかがです?なんだか浮き浮きしてきません?冒頭の拍手喝采、ラストの拍子木の音が、舞台の賑わいを彷彿とさせて、なんとも憎い演出ですね。

なんでも、かの徳川夢声が「私が長い芸能生活で一番音感がいいと思ったのはエノケンさん」と太鼓判を押したそうです。
エノケンは歌を台詞のように歌いますから、ここがたまりません!
逆に曲中に挿入される台詞は、歌うように語りますね。
だから、一曲に含まれる情報量の多いこと!一幕の芝居を見た気になりますから。
わざと間を詰めたり、はずしたり、反対に伸ばしたり、頭の一字を吞んだり、もはや自由自在!

 

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