東海道四谷怪談—通し上演—[2013]

作|鶴屋南北
監修・補綴|木ノ下裕一
演出|杉原邦生

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作品解説

2006年、⽊ノ下歌舞伎は、「東海道四⾕怪談」より“髪梳きの場”と呼ばれる場⾯を含む三幕⽬を抜粋した『yotsuya-kaidan』(杉原邦⽣演出)、『四・⾕・怪・談』(⽊ノ下裕⼀演出)の連続上演でその幕を開けました。その後、2013年に『東海道四⾕怪談―通し上演―』を実現。いわゆる“残酷芝居”や“勧善懲悪の復讐劇”として理解される物語を、あらゆる⼈物が⼊り乱れる〈⼀⼤群像劇〉として再解釈し、通常カットされる場⾯や⼈物を丁寧にすくい上げ、全三幕、上演時間六時間に及ぶまったく新しい演⽬として甦らせました。

【第一幕】
 木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』は、鶴屋南北の原作を、お岩・伊右衛門という夫婦のみにとらわれず、大きな“社会”に暮らす人々を描いた〈群像劇〉として読み解きました。「東海道四谷怪談」という演目の特徴のひとつは、大勢の登場人物が紡ぎ出すいくつかの物語が、緊密な繋がりをもつのではなく、時に並行して、時に重なり合うかのように、“綯い交ぜ”になって構成されていることです。
 第一幕、とりわけ「浅草境内の場」では、そんな物語を牽引する登場人物のほとんどがひとつの場所に集合します。南北の描いた社会、その世界観が示されるのです。そこで今回は、登場人物それぞれの描写や、いくつかの身分に分かれた社会階層などの設定を示すだけでなく、現代口語と歌舞伎言葉を織り交ぜた台詞や、着物と洋服が混在する衣裳など、混沌とした“社会”のありようを、そのまま舞台上に提示しました。さらに、〈群像劇〉としての性格を明確にするため、多くの登場人物を同時多発的に登場させました。また、やや煩雑な印象が残る原作を整理し、人物同士の関係性や、物語の伏線を、より丁寧に示しています。


©田中亜紀

【第二幕】
 お岩・伊右衛門夫婦の物語は、歌舞伎では「極悪非道な夫と、家庭内暴力の被害を受ける妻」という平面的な描かれ方をされることが多いのですが、今回は、物語を緻密な心理劇として解釈し直すことで、心の底では互いを想い合っている「普通の夫婦」が、少しのすれ違いから、大きな悲劇に巻き込まれる様を克明に描きました。原作を恣意的に改変せず、ほぼ忠実になぞりながらも、人物の心情を深く掘り下げることで戯曲を読み換えるという方法は、木ノ下歌舞伎が長らく取り組んできた、いわば“最も得意とする手法”です。
 また、毒薬により顔が醜く変貌したお岩が髪を梳かすという有名なシーンには、歌舞伎では下座音楽が使用されています。壮絶で陰惨なお岩の髪梳き風景に、当時のラブソングである端唄を合わせるこの演出は、見事な異化効果をもたらします。しかし今回の上演では、下座音楽の代わりに、お岩と伊右衛門の切々とした心情を歌うラップを使用し、下座音楽の古典的手法を、〈現代的に読み換える〉ことに挑戦しました。


©田中亜紀

【第三幕】
 「三角屋敷の場」では、お袖・直助夫婦の物語を、お岩・伊右衛門夫婦との対比によって読み解きました。「東海道四谷怪談」を群像劇として解釈する場合、〈お袖・直助〉〈お岩・伊右衛門〉という夫婦だけでなく、ほかにも複数の登場人物に対比関係を見ることができます(伊右衛門/小塩田又之丞、お岩/お梅、直助権兵衛/佐藤与茂七など)。これは、作者である鶴屋南北が、「世の中が混迷を極めた時こそ、価値観の多様性を認める姿勢が必要なのだ」という主張のもと、ひとつの社会的状況下で、それぞれ異なる生き方を歩む人間たちを描いたからに他なりません。
 また今回は、歌舞伎ではほとんど上演されない「小塩田隠れ家の場」「夢の場」を完全復活させました。忠臣蔵の義士が活躍する「小塩田~の場」では、“仇討ち”が持つ〈正義〉と〈暴力〉の二面性がまさに表裏一体であることを示しました。また「夢の場」では、伊右衛門が見た夢という設定のもと、お岩・伊右衛門夫婦がとうとう実現できなかった〈夫婦間の情愛〉を描き出し、満天の星空の下、仲睦まじい二人の姿を詩情豊かに表現しました。


©田中亜紀

上演記録

初演

会場/日程 あうるすぽっと/2013年11月21日〜11月24日〈全4公演〉
[フェスティバル/トーキョー13]
出演 亀島一徳 黒岩三佳 飯塚克之 細野今日子 田中佑弥 高橋義和  舘光三 田中美希恵 森田真和 日高啓介 後藤剛範 四宮章吾 / 乗田夏子 高山のえみ 峯岸のり子 岩谷優志 木山廉彬 竹居正武 森 一生 / 蘭 妖子
スタッフ 美術|島 次郎 照明|中山奈美 音響|齋藤 学 衣装|藤谷香子 立師|坂東橘太郎 補綴助手|稲垣貴俊 演出助手|陶山浩乃 演出部|金城裕磨 大道具製作|株式会社俳優座劇場舞台 美術部 照明操作|増田隆芳、平野景子、大竹真由美、有限会社ブライト 衣裳製作|秀島史子 運搬|植松ライン 舞台監督|大鹿展明 宣伝美術|天野史朗 文芸|関 亜弓 制作|本郷麻衣
協力 岩澤哲野、金子澄世、加納豊美、史(chika)、中本章太、オフィス・ラン、急な坂スタジオ、krei inc.、KUNIO、劇団しようよ、劇団野の上、劇団民藝 、zacco、東宝コスチューム、中野成樹+フランケンズ、ハイレグタワー、FAIFAI(快快)、FUKAIPRODUCE羽衣、ロロ
製作 木ノ下歌舞伎
共同製作 フェスティバル/トーキョー
提携 (有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場[東京公演]
助成 芸術文化振興基金 公益財団法人セゾン文化財団