【娘道成寺】囃子の魅力ー山道の勝手に聴きどころガイド

木ノ下歌舞伎『娘道成寺』いよいよ開幕!

お囃子愛好家でもある木ノ下歌舞伎の山道弥栄が『京鹿子娘道成寺』のお囃子の個人的オススメポイントをご紹介します。

『娘道成寺』公演会場では、当日パンフレットと合わせて詞章と解説をご用意しています。公演後そちらと照らし合わせてお楽しみいただくもよし、事前にチェックいただくもよし。『娘道成寺』の音楽の世界を存分にご堪能いただくためのプチガイドとしてご活用ください!

乱拍子

冒頭の「花の外には松ばかり 暮れ初めて鐘や響くらん」という唄のあと、小鼓の独奏パートです。

 気迫のこもった掛け声、間、鋭い打音。

 〈乱拍子〉と呼ばれるこの一連のフレーズは、蛇体となった清姫が道成寺の石段を一歩一歩上っている足音を表している音だとも言われます。このとき白拍子は鐘供養のために舞を奉納しているのですが、その足の運びに合わせて奏される音と、清姫が愛しい安珍を想って石段を上る足取りが重ねられているのです。

 現行の歌舞伎上演では、この乱拍子に合わせて爪先を左右に振ることで三角形を描き、蛇を意味する「鱗紋様」を表す型があります。これもやはり白拍子本来の舞を見せる、というのに重ねて蛇体への変化を暗示しているように思います。(この爪先の振りにも「蛇が鎌首をもたげて獲物を狙うように」というイメージがあるらしいです。)

 鐘供養の厳かさをたたえながらも妖しく「蛇」を想起させる〈乱拍子〉は、道成寺伝説の清姫と『娘道成寺』の白拍子が初めてリンクする、伝説と現在が呼応する音とも言えるのではないでしょうか。

 小鼓が作りだす緊迫感のなか、舞を舞う白拍子に歩み寄る清姫の足音に是非耳を澄ませてみてください。

鞠唄

「都育ちは蓮葉な者じゃえ」のあと、三味線と囃子の合方です。

 ポンスタポンッ ポンスタポンッ ポンスタポンッ……

 現行の歌舞伎上演では、この合方のなかで白拍子は桜の花びらを集めて鞠を作り、それを手でついて遊ぶ、少女の鞠つきの様子を踊ります。それ故に〈鞠唄〉と呼ばれるこの場面では、小鼓は短いフレーズを繰り返しますが、立鼓(囃子のアンサンブルリーダー)は即興的に鞠つきの様子を描写していきますので、是非ご注目ください。

 スーパーボールのように勢いよく跳ねる鞠から、紙風船のような嫋やかな鞠まで、踊り手によってその鞠の弾み方はさまざまですし、鞠つきが得意ではしゃぐ子もいれば、鞠がどこかにいってしまわないように慎重に遊ぶ子もいます。その踊りに合わせて、少女の鮮やかな手つきを表すような派手でコミカルな音を使ったり、鞠つきを見守る大人のように優しい音を使ったりしつつ、立鼓は即興的に囃していくのです。

 娘は鞠で遊びながら、春の陽だまりのように柔らかな音楽や遊び心たっぷりな小鼓の音色とも戯れ遊んでいるように感じる、とても朗らかな場面です。

 そして少女が遊ぶ軽やかな合方のテンポは、次第に賑やかで浮かれた遊郭の雰囲気に変容していきます。「恋の分里 武士も道具の伏編笠で 張りと意気地の吉原」と、華やかな音楽のなかで繰り広げられる艶やかな廓づくしにもご注目ください。

手踊り(氏神様)

「ただ頼め 氏神様が可愛がらしゃんす」から奏される締太鼓を取り上げます。

 三味線の旋律に合わせて主に締太鼓が賑やかに囃していく場面を〈太鼓地〉と呼びますが、特にこの『京鹿子娘道成寺』の太鼓地は『執着英獅子』、『高砂丹前』に並んで〈太鼓地三伝〉と呼ばれるほど、演奏するのが難しい名曲であると伝えられています。

 終盤に差し掛かり、これまで恋の楽しさや嫉妬など、さまざまな女性の気持ちを踊り分けてきた白拍子が、ふんわりとした柔らかな音楽に乗って踊る場面です。

 基本的に締太鼓は「テン」という抜けるような音と、響きを止めて打つ「ツ」「ヅ」という二種類の音を使って奏されますが、特にこの太鼓地ではこの締太鼓の音に表情をつけて演奏します。のどかな音、しっとりとした音、誘うような手招きを表す音、恋に恋する乙女のようなうきうきした音など、締太鼓の多彩で豊かな音色が活かされるのです。また、「ステン!ステン!」と拍子の裏間に打つ独特なフレーズが多用されるのも、聴きどころのひとつでしょう。締太鼓が作り出すと音色と浮き立つようなリズムをお楽しみいただけると思います。