文楽初春公演『阿古屋』に思うこと。または、文楽の希望

しかし、今回の「阿古屋」の素晴らしさは、寛治師の至芸のみにとどまらないのだ。
三曲は三人の奏者によって演奏される。いまや中堅の実力派・鶴澤清志郎さんがツレ弾きとして芯の寛治師を陰になり日向になり支える。それに加え、寛治師の弟子であり、実の孫でもある鶴澤寛太郎さんが琴、三味線、胡弓を次々と見事に弾きこなす。
阿古屋が奏でる音楽は、三人の奏者によって、より立体的に、重層的に、神秘的に表現される。
その音色の甘美さたるや・・・。
私は客席に座りながら、「もし、これを聴きながら死ねたら、どんなに幸せだろうか」と思わずにはいられなかった。大袈裟だと笑われるかも知れないが、もし天上に流れる音楽というものがあるならば、きっとこのようなもののことを言うのではないかとすら思った。
と、同時に、この芸が、旋律と技法が、今日まで絶えることなく、何人もの芸能者の手を通して、深化しつつ受け継がれてきたことの〈奇跡〉に感動し、また、「寛治」「清志郎」「寛太郎」のお三方が床に居並ぶ姿に、現に今この瞬間も、大御所、中堅、若手と舞台上で芸が伝承されていく様に、胸が熱くなった。

芸の伝承はなにも三味線だけではない。
例えば、阿古屋の人形。
そもそも、文楽の人形は、かしらと右手を遣う〈主遣い〉(おもづかい)が司令塔になり、左手を使う〈左遣い〉、足を動かす〈足遣い〉の二人を束ね、一体の人形を操作する。たいていの場合、主遣い以外は黒衣頭巾で顔を隠すが、例外的に阿古屋だけは、三人とも顔だし、出遣いで勤めることが許されている。それぐらい大役なのだ。また、三曲を奏でる阿古屋の人形は、ただ闇雲に楽器を演奏する所作をしているわけではなく、音楽とびったり呼吸を合わせ、一音一音楽器の勘どころを正しく押さえた、かなりリアルな動きが要求されるため、事実、左遣いであっても充分に大役に値する。近年、阿古屋は人間国宝・吉田蓑助師の当たり役であったが、今回は、人形遣いの花形である桐竹勘十郎師が、地方公演、東京公演についで、満を持して大阪で初めて勤めることになった。かつて蓑助師の阿古屋で左を遣い、修業を積んでおられた蓑太郎時代の勘十郎さんの姿も拝見していただけに、世代交代を感じさせる、今回のキャスティングは、変感慨深かった。
そして語り手である大夫。
義太夫という芸能は、ひとりの大夫が物語の全てを語るというスタイルが一般的なのだが、無論、例外もある。その代表のひとつが「阿古屋」で、大夫は一人一役、つまり登場人物の数だけ大夫が舞台にあがる。ちょうど映画のアフレコのような、〈掛合い〉と呼ばれるスタイルである。今回は60代の津駒大夫師を筆頭に、下は平成元年生まれの咲寿大夫さんまで、五人の大夫が一丸となって、「阿古屋」という〈劇空間〉を創出させている。それがまた、なんとも凛々しく映った。

思えば、私が文楽を観はじめた2000年頃は、人間国宝級の大御所・技芸員の熱演が目覚しかったように思う。吉田玉男師はまだご健在で、毎興行、重い役を遣っておられたし、住大夫師、源大夫(当時・綱大夫)師も長丁場を一段丸々一人で語ることも多かった。時に、火花の散るような競演もあった。
「沼津」「お半長」「十種香・狐火」「吉田屋」「渡海屋」「夏祭」「封印切」「忠臣蔵四段目・七段目」・・・など数々の名舞台が、いまだに目の裏に焼きついている。10代後半から20代前半にかけて、そのような得がたい文楽体験ができたことは生涯の財産だと思う。
しかし、それから十余年、今回の「阿古屋」で得た体感は、今までのそれとは少し異なるものであった。全技芸員から湧き立つ熱量。その中で誰かひとりかけても、この舞台は成立しないであろう寄木細工のような繊細さ。一座の結束がこれまでに増して、強まっているように感じられた。
そして今まさに舞台上においても行われている〈芸の伝承〉。中堅・若手の技芸員さんの10年後、30年後、もしかしたら50年後の〈藝〉を、観客として共に歳を重ねながら拝見できるという喜び。大夫、三味線、人形の三業が「阿古屋」見せる〈超絶技巧〉の渦に圧倒されながら、私はとても幸福だった―。

多くのメディアが報じている通り、折りしも、今月の文楽初春公演は、その動員数によって大阪市からの補助金の有無、または減額が決定されるというシビアな問題を孕んだ興行になってしまった(大阪市政のやり口、ノルマ動員数の設定方法に大きな問題があると私自身は思っているが、ここではそのことには触れないことにする)。
しかし、その試練の真っ只中、文楽は驚くほど輝いた舞台の数々を見せてくれた。その輝きは、まぎれもなく〈現在(いま)の文楽の姿〉だし、〈未来の文楽の希望〉でもあると思う。
「猫の目のように変わりやすい政策や、ニキビのように出来ては消える政党など、長い年月生き続けてきた私にとって敵ではない」と、〈文楽〉は、私たちに語りかけてくれているような、そんな気がした。

 

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