木ノ下と遊山する -『義経千本桜』の“登山道”其の三

「キノカブを観る前に予習していきたいんですけどねぇ。なにから手を付けたらいいか……」とおっしゃってくださるお客様に出会うことがあります。たしかに魅力的な関連書籍や映像作品なども多いです。今作『義経千本桜』のようにメジャーな演目ならなおのこと。ですが、その方の興味関心の在り処によってヒットするものもマチマチでしょうから、これはなかなかの難問です。このミニコラムでは、ひとまず私のおすすめの予習法(もちろん復習にも使えます)を約五回にわけてご紹介していこうと思います。

まずは、『義経千本桜』という小高い山があると想像してみてください。しかし、この山、山頂に登るための登山道が無数にあります。ルートによって傾斜の角度や険しさや、見える景色が違います。しかし、どれも山頂を目指して歩いていることは変わりありません。気に入っていただける登山道があればいいのですが。

其の三 〈ピクニックルート・易しい道〉~「絵本と漫画で知る」

  • 難易度 ★☆☆☆☆
  • 総歩行時間 約1時間
  • 装備品 とくになし
  • 絶景ポイント 〝難解〟という霧が晴れたクリアな眺め
  • 注意点 足のなまり

第一回は「『義経千本桜』を読んでみる」原作道、第二回は「『平家物語』を読んでみる」典拠道と、ハードめな登山が続きましたので、今回は思いっきり難易度を下げて、物見遊山で楽しめるピクニックルート、即ち「易しい本」をご紹介。

まず、「〝原作道〟はハードルが高いわ」という方におすすめなのは絵本『義経千本桜』(ポプラ社)です。「絵本?子供じゃあるまいし」と侮るなかれ。文章はかの橋本治先生、絵は先日惜しくも亡くなった岡田嘉夫画伯。名タッグによる逸品なのです。80年代にいくつかの好書で独自の歌舞伎観を打ち立てた橋本治が文を担当しているのですから、一筋縄ではいきません。内容としては『義経千本桜』の現代語ダイジェスト。ただ、ダイジェストといっても全五段を網羅しておりますし、原文を忠実に訳しているところもあり、また橋本治流の解釈を挟み込んでいたりと、実に〝料理〟が上手いのです(そういえば、ピクニックには美味しいお弁当が欠かせませんよね)。岡田画伯の精密な絵もいい。歌舞伎のビジュアルイメージを引き継いでいるようで、よく目を凝らすと、突拍子もないモチーフが紛れ込んでいたりと、実に自由です。これ一冊で、“ひとまず”は『義経千本桜』のストーリーを押さえることができます。

さて、「歴史はなんだが苦手で……」という方は、漫画から入ることをおススメします。『平家物語』を題材にしたコミックは、学習漫画から漫画家による創作度合いの高いものまで、膨大な数が描かれてきました。ちなみに、今回の稽古場で活躍していたのは、横山光輝の『マンガ日本の歴史11 平家物語(上中下)』(中公文庫)です。

思い起こせば、私自身も、“平家物語の世界”との出合いは、『ドラえもん 源義経』(小学館版学習まんが ドラえもん人物日本の歴史〈5〉)でした。小学三年でしたでしょうか、教室の学級図書の中にあったこの一冊を手に取って「ヨシツネって結構イヤな奴だな……友達にはなれないだろうな」と思ったことを思い出します。たしか、ちょっとスネ夫を彷彿とさせるようなキャラとして描かれていたのですね。当時は落語少年でしたから、義経の存在は知ってはいましたが、具体的に何をした人なのかまではわかっていませんでした。せいぜい「ベンケイが家来で、シズカという彼女がいる、ハンサムな人」くらいの知識です。上方落語には『猫の忠信』という『義経千本桜』の四段目を思いっきりパロディにしたネタがあり、これはすでに聴いておりましたから、義経については全くの無知だけど、『義経千本桜』についてはやたら詳しいという、思えば変な小学生でした。しかしそのお陰で、〝『ドラえもん』は『義経千本桜』を下敷きにしているのではないか〟という独自論(?)を得たことは愉快でした。

スネ夫=源義経(初期のドラえもんではスネ夫がジャイアンを子分のように伴っています)

ジャイアン=武蔵坊弁慶(剛田武の〝武〟は〝武蔵坊〟から来ている?)

しずかちゃん=静御前(本名が源静香なのだからこれは疑いなし!)

のび太=佐藤忠信(〝のび〟と〝のぶ〟は音が近い……とはちと苦しいけど)

ドラえもん=源九郎狐(狐ではなく猫型ロボット。源九郎狐が妖力を使うように、ひみつの道具で不可能を可能にする)

むろんこれらは、子供の取るに足らない稚拙な考えですが、当時は世紀の大発見をしたような心地がしましたし、あれこれ考えを巡らせている時間はそれなりに豊かだったように思うのです。

話が、あっイヤ、登山ルートがわき道に逸れてしまいましたね。

絵本やマンガから歴史の勉強に入る利点は、絵と固有名詞がセットになって頭に入ってくるためより記憶に残りやすいというところです。他にも、ざっくりと歴史やストーリーの全体像を把握することができる点や、簡単に読めてしまうので達成感も得やすいことなど、挙げていけばキリがありません。

ただ、〝お手軽〟〝簡単〟〝早わかり〟は諸刃の剣。つい足がなまってしまいがちです。いつか険しい山を登るためのウォーミングアップくらいにお考えくださいませ。

『義経千本桜』
橋本治(作)、岡田嘉夫(絵)
ポプラ社
マンガ日本の歴史〈10〉『平家物語(上)』
横山光輝
中公文庫
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この記事を書いた人

1985年和歌山市生まれ。小学校3年生の時、上方落語を聞き衝撃を受けると同時に独学で落語を始め、その後、古典芸能への関心を広げつつ現代の舞台芸術を学ぶ。歌舞伎演目の現代劇化を試みる劇団「木ノ下歌舞伎」の主宰。
渋谷・コクーン歌舞伎『切られの与三』(2018)の補綴を務めるなど、外部での古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動中。